石動山史跡
石動山史跡
森羅万象を司る3つの石の一つ「動字石」が降ってきて、山が揺れ動いたことから石動山と呼ばれるようになったと伝えられている。この石動山信仰に日本の仏教が結びつき、神に奉仕する仏教徒らによって寺院が整備されていった。最盛期には360もの院坊と3000人の衆徒を擁していた。戦国時代には前田利家と戦闘を行うなど、城郭としての機能も持っていた。
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七尾と富山のちょうど県境に位置する石動山城址は、七尾城址にひけをと
らないスケールと洗練された構造を感じ取ることができます。石動山入口
付近は手が入れられ整備が進みましたが、少し足を踏み入れるとほぼ当時
の様相を思わせる状態で保存されています。
石動山城址公園へは七尾側から登るルート、鹿島郡から登るルート、氷見
側から登るルートの3ルートがありますが、氷見からのルートは道が細く
工事中だったりするので実質は 2 本のルートですね。鹿島郡からのルー
トには入口に看板が立っていますが、七尾からのルートは何もありません。
七尾からはコロサ湖畔公園を目指して山に入っていって下さい。石動山城
址公園は一応、「城」となっていますが、実際には寺院の集合体が巨大化
したものでいわゆる「城」とは創りが異なります。一時期の延暦寺のよう
な感覚でとらえれば良いかと思います。
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